能登半島地震が突きつけた「時間」と「人の流れ」の教訓

2024年1月1日16時10分、石川県能登地方を震源とする大規模な地震が発生しました。気象庁による推定マグニチュードは7.6、震源の深さは約16km。石川県志賀町では最大震度7を観測し、輪島市・珠洲市を中心に家屋倒壊や大規模火災、津波被害が発生しました。

この地震により、死者684人、負傷者1,407人、全壊・半壊・一部損壊を含む住家被害は16万棟以上にのぼりました。道路寸断や港湾被害により物流は長期にわたり停滞し、電力・水道・通信といったライフラインへの影響も深刻でした。

この災害が私たちに突きつけたのは、被害規模の大きさだけではありません。より本質的な問いは、「元日」という時間条件と社会的文脈のもとで、何が機能し、何が機能しなかったのかという点にあります。

画像出典:石川県 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kouhou/hot/motto-2024spring/higai-2024spring.html

正月という時間条件が生んだ、被害拡大の構造

正月は、日本社会全体が「非日常の休暇モード」に入る特殊な時間帯です。多くの防災計画やBCP(事業継続計画)は、暗黙のうちに「平日・日中・通常体制」を前提としています。しかし、能登半島地震は、その前提がいかに脆弱であるかを現実として示しました。

元日に発災したことで、次のような条件が同時に重なりました。

  • 自治体職員や医療従事者が帰省・休暇で地域外にいる
  • 交通機関が減便され、移動に時間を要する
  • 物流が通常ルート・通常量で稼働していない
  • 意思決定や情報集約が即座に機能しにくい

これは個々の判断や努力の問題ではなく、社会構造として初動対応が遅れやすい条件です。その結果、避難所開設、被害把握、物資輸送といった初動の立ち上がりは、平時よりも明らかに困難な状況に置かれました。重要なのは、これが「想定外」ではなく、本来は想定されるべき条件だったという点です。

帰省・観光による一時的人口増がもたらした混乱

正月は、人が減る時期であると同時に、地域によっては一時的に人口が増える時期でもあります。能登半島でも、帰省客や観光客が滞在する中で地震が発生しました。

この状況は、防災上、次のような難しさを生みます。

  • 避難所の想定人数を超える可能性
  • 土地勘のない人が避難情報を得にくい
  • 高齢者・子どもなど多様な属性が混在
  • 食料や生活物資の消費スピードが想定より早まる

つまり正月の災害は、「人が足りない」だけでなく、「想定外の人がいる」状態でもあります。この二重のギャップが、初動対応をさらに複雑なものにしました。ここまでを見ると、「正月に起きたことが被害を拡大させた」という評価は、一定の妥当性を持っています。しかし、それだけで語り切ってよいのでしょうか。

画像出典:石川県 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kouhou/hot/motto-2024spring/higai-2024spring.html

帰省していた「人」が、回復を支えた側面

視点を少し変えると、別の側面が見えてきます。能登半島は、平時には人口流出と高齢化が進む地域です。もしこの地震が、帰省のない通常期に発生していたとしたらどうだったでしょうか。多くの集落では、高齢者だけが被災し、

  • 家の片付けができない
  • 情報を外に発信できない
  • 医療・支援につなぐ人がいない

という状況が、より広範に生じていた可能性があります。実際には、正月であったからこそ、帰省していた現役世代や若年層が、

  • 家屋の片付けや応急対応
  • 高齢の親族の介助・避難支援
  • 外部との連絡や情報発信
  • 自主的な物資調達や運搬

を担ったケースが数多く見られました。つまり帰省人口は、初動では負荷となり得た一方で、応急・復旧フェーズでは明確に回復を支える力にもなっていたのです。

正月災害の本質は「人の流れ」と「社会機能」のズレにある

近年の大きな災害を振り返ると、

  • 阪神淡路大震災:未明に発生
  • 熊本地震:夜間に発生
  • 北海道胆振東部地震:未明に発生
  • 能登半島地震:元日に発生

といったように、社会の対応力が下がりやすい時間帯に起きるケースも存在します。しかし、正月災害の本質は単に「都合の悪い時間」に起きたことではありません。

本質は、

「人が戻る瞬間」と「行政・インフラの即応力が下がる瞬間」が重なったこと

にあります。人はいる。しかし、制度や仕組みは通常通りに動かない。このズレこそが、被害拡大と回復促進の両方を同時に生み出しました。

画像出典:石川県 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kouhou/hot/motto-2024spring/higai-2024spring.html

能登半島地震が私たちに突きつけた問い

能登半島地震は、「正月に起きた不運な災害」ではありません。それは、人の流れが大きく変動する瞬間に、社会はどこまで耐えられるのかという問いを、私たちに突きつけました。これからの防災・BCPで問われるのは、

  • 担当者がすぐ集まらなくても機能するか
  • 外部支援が来るまで地域が自立して耐えられるか
  • 人が多くても少なくても破綻しない設計か

という点です。防災とは、想定しやすい状況に備えることではありません。

最も都合の悪い時間、最も人の流れが乱れる条件でも、社会や事業がどこまで持ちこたえられるかを問う営みです。正月に起きた能登半島地震は、被害拡大の教訓であると同時に、地域が持つ回復力を可視化した事例でもありました。その両方を直視することこそが、次に備えるための第一歩となるはずです。

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