はじめに
2021年7月3日、静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土石流は、死者・行方不明者28名、住宅被害130棟以上という大きな被害をもたらしました。記録的な大雨が直接の引き金となった一方で、この災害が社会に与えた最大の衝撃は、「土石流の起点に、違法に造成された盛土があった」という事実でした。

熱海土石流は、単なる自然災害として処理されることなく、「人為的な要因が被害を拡大させた人災」として、その後の行政対応・法整備のあり方を大きく変えるきっかけとなりました。本記事では、その経緯を振り返りながら、企業のコンプライアンス・リスク管理にどう活かせるかを考えます。
盛土が引き起こした土石流
土石流の起点となったのは、伊豆山地区の上流にあった約5万4千立方メートルの盛土でした。この盛土は、もともと土地開発業者が産業廃棄物を含む土砂を不適切に積み上げたことで形成されたもので、十分な排水対策や安全管理が行われていなかったことが、後の調査で明らかになっています。
記録的な豪雨により盛土に水分が浸透し、地盤が緩んだ結果、盛土全体が一気に崩落。下流の土砂を巻き込みながら土石流となって市街地を直撃しました。専門家による調査では、仮に盛土が存在しなければ、被害規模は大幅に縮小されていた可能性が高いとの指摘もなされています。
行政の許認可プロセスに残った課題
この災害が問題視されたもう一つの理由は、この盛土が静岡県の条例に基づく許可を得て造成されたものだったという点です。当初の許可申請内容と、実際に行われた造成内容には大きな差異があり、行政による事後の監督・パトロールが不十分だったことも明らかになりました。
つまり、この災害は「ルールがなかった」のではなく、「ルールがあっても、それが実効的に運用されていなかった」ことが本質的な問題だったのです。これは、企業のコンプライアンス体制を考える上でも重要な教訓です。規程やマニュアルが存在することと、それが実際に守られ、機能していることは別問題だという現実を、熱海土石流は突きつけました。

盛土規制法の制定―制度はどう変わったか
この災害を契機に、国は「宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)」を制定し、2023年5月に施行しました。従来は都道府県ごとに異なる条例で規制されていた盛土について、全国統一の基準で規制し、罰則も強化する内容です。
具体的には、危険な盛土が行われるおそれのある区域を「規制区域」として指定し、無許可の造成や安全基準を満たさない盛土行為に対して、最大3年以下の懲役または1,000万円以下の罰金という厳しい罰則が設けられました。さらに、土地所有者が変わった場合でも、安全管理の責任が引き継がれる仕組みも整備されています。
企業のコンプライアンス・リスク管理への示唆
熱海土石流の教訓は、建設・不動産業界に限らず、すべての企業のリスク管理に通じる視点を含んでいます。
第一に、「許可を得ている」ことと「安全である」ことは同義ではないという認識。 規制をクリアすることだけを目的にした対応は、本質的なリスクを見落とす危険があります。法令遵守の形式だけでなく、実質的な安全性を自社で検証する姿勢が求められます。
第二に、サプライチェーン上の土地・施設リスクの把握。 自社の拠点や取引先の用地が、過去にどのような造成履歴を持つかを把握することは、直接的な事業リスクの低減につながります。盛土規制法の施行により、規制区域の指定状況を確認することも、今後の拠点選定・災害リスク評価の重要な要素となります。
第三に、「ルールの形骸化」を防ぐ内部統制の仕組み。 規程があっても運用が伴わなければ意味をなしません。企業においても、定期的な内部監査や現場確認の仕組みを通じて、規程と実態のギャップを継続的にチェックすることが重要です。

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おわりに
熱海土石流は、28名の命と引き換えに、「制度はあっても、運用されなければ意味をなさない」という重い教訓を社会に残しました。盛土規制法の制定は、その教訓を制度として反映させた一歩です。
企業においても、コンプライアンスを「守るべきルール」としてだけでなく、「実際に機能しているか」を継続的に検証する仕組みとして捉え直すことが求められています。私たちSAKIGAKE JAPANは、企業向け防災コンサルティングと災害リスク管理のプロフェッショナルとして、皆さまの防災対策を全力でサポートいたします。
